壺

　　　　　　　　松田　一谷

　

壺の中はなんでおぢやるか

この中は附子でおぢやる

ああ　やつぱり附子でおぢやるか

　

艶やかなずつしりとした壺を手に受け

掌の中でゆつくり回すと

はだのかすかな凹凸が

わたしの脈搏にあはせて

熱と冷たさを交互に伝へる

　

世に聞こえた猛毒が

あやしくもかぐはしい器に盛られ

なぜ心をなやますのか

　

附子をひと口食べたうござる

なりませぬ　なりませぬ

さればせめて　ひと目なりとも見たうござる

ホホ　まなこがつぶれてもでおぢやるか

鼻が落ち耳がチ切れ喉がふたがり

手足がふるへてこんにやくの幽霊になつてもでおぢやるか

　

壺は見る見る赤くもえ

鬼のやうな大口を開いて

わたしにのしかかる

わたしは

頭から浴びせられた附子を打ち払ひ打ち払ひ

はふはふの態で逃げる

　

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

野分に騒ぐ葦原

水びたしの小径で

わたしはふとたちどまる

まことに　あれは附子であつたか

まことに　附子であつたらうか

　

やるまいぞ　やるまいぞ

遠くから切れ切れに声が流れてくる